みづからはあるかなきかの朝がほと言ひなす人の忘られぬかな
晶子
斎院(さいいん)は父宮の喪(も)のために職をお辞しになった。源氏は例のように古い恋も忘れることのできぬ癖(くせ)で、しじゅう手紙を送っているのであったが、斎院ご在職時代に迷惑をされた噂(うわさ)の相手である人に、女王はうちとけた返事をお書きになることもなかった。九月になって旧邸の桃園(ももぞの)の宮へお移りになったのを聞いて、そこにはおん叔母の女五(にょご)の宮が同居しておいでになったから、そのお見舞いに託して源氏は訪問して行った。故院がこのおん同胞(はらから)方を懇切にお扱いになったことによって、今もそうした方々と源氏には親しい交際がのこっているのである。同じ御殿の西と東に分れて、老内親王と若い前斎院とは住んでおいでになった。式部卿(しきぶのきょう)の宮がお薨(かく)れになって何ほどの時がたっているのでもないが、もう宮の中には荒れた色がただよっていて、しんみりとした空気があった。女五の宮がご対面あそばして源氏にいろいろなお話があった。老女らしいごようすで咳(せき)が多くお言葉にまじるのである。姉君ではあるが太政(だじょう)大臣の未亡人の宮はもっと若く、美しいところを今もおもちになるが、これはまったく老人らしくて、女性に遠い気のするほどこちこちしたものごしでおありになるのもふしぎである。
「院の陛下がお崩(かく)れになってからは、心細いものに私はなって、年のせいからも泣かれる日が多いところへ、またこの宮が私を置いて行っておしまいになったので、もうあるかないかに生きているにすぎない私を訪(たず)ねてくだすったことで、私は不幸だと思ったことももう忘れてしまいそうですよ」
と宮はおいいになった。ずいぶん老人めいておしまいになったと思いながらも、源氏はかしこまって申しあげた。
「院がお崩(かく)れになりまして以来、すべてのことが同じこの世のことと思われませんような変り方で、思いがけぬ処罰も受けまして、遠国にさすらえておりましたが、たまたま帰京がゆるされることになりますと、また雑務に追われてばかりおりますようなことで、長い前からおうかがいいたして故院のお話をうけたまわりもし、お聞きもいただきたいとぞんじながら果しえませんことで悶々(もんもん)としておりました」
「あなたの不幸だったころの世の中はまあどうだったろう。昔の御代(みよ)もそうした時代も同じようにながめていねばならぬことで私は長生きがいやでしたが、またあなたがお栄えになる日を見ることができたために、私の考えはまた違ってきましたよ。あの中途で死んでいたらと思うのでね、長生きがよくなったのですよ」
ぶるぶるとお声がふるう。またつづけて、
「ますますおきれいですね。子どもでいらっしったときに、はじめてあなたを見て、こんな人も生れてくるものだろうかとびっくりしましたね。それからもお目にかかるたびにあなたのきれいなのに驚いてばかりいましたよ。今の陛下があなたによく似ていらっしゃるという話ですが、そのとおりにはいかないでしょう、やはりいくぶん劣っていらっしゃるだろうと私は想像申しあげますよ」
長々と宮は語られるのであるが、面と向かって美貌(びぼう)をほめる人もないものであると、源氏はおかしく思った。
「さすらい人になっておりましたころからひじょうに私も衰えてしまいました。陛下のご美貌は古今無比とお見あげ申しております。あなた様のご想像は誤っておりますよ」
と源氏はいった。
「ではときどき陛下を拝(おが)んでおれば、いっそう長生きをする私になりますね。私は今日でもう人生のいやなこともみな忘れてしまいましたよ」
こんなお話のあとでも五の宮はお泣きになるのである。
「お姉様の三の宮がおうらやましい。あなたのお子さんを孫にしておられるご縁で、しじゅうあなたにお会いしておられるのだからね。このお亡(な)くなりになった宮様もその思召しだけがあって、実現できなかったことで嘆息をあそばしたことがよくあるのです」
というお話だけには源氏も耳のとまる気がした。
「そうなっておりましたら私はすばらしい幸福な人間だったでしょう。宮様方は私にご愛情が足りなかったとより思われません」
と源氏は恨めしいふうに、しかも言外に意を響かせてもいった。
女王のお住いになっている方の庭を遠く見ると、枯れ枯れになった花草もなお魅力をもつもののように思われて、それを静かな気分でながめておられる麗人がただちに想像され、源氏は恋しかった。会いたい心のおさえられないままに、
「こちらへうかがいましたついでにおたずねいたさないことは、志のないもののように、誤解を受けましょうから、あちらへも参りましょう」
と源氏はいって、縁側伝いに行った。もう暗くなったころであったが、鈍色(にびいろ)の縁の御簾(みす)に黒い几帳(きちょう)の添えて立てられてある透影(すきかげ)は身にしむものに思われた。薫物(たきもの)の香が風について吹き通う艶(えん)なお住居である。外は失礼だと思って、女房たちのはからいで南の端(はし)の座敷の席が設けられた。女房の宣旨(せんじ)が応接に出て取りつぐ言葉を待っていた。
「今になりまして、お居間の御簾の前などにお席をいただくことかと私はちょっととまどいがされます。どんなに長い年月にわたって私は志を申しつづけてきたことでしょう。その労にむくいられて、お居間へうかがうくらいのことはゆるされていいかと信じてきましたが」
といって、源氏は不満足な顔をしていた。
「昔というものはみな夢でございまして、それがさめたのちのはかない世かと、それもまだよく決めて思われません境地にただいまはおります私ですから、あなた様の労などは静かに考えさせていただいたあとに定めなければとぞんじます」
女王の言葉の伝えられたのはこれだった。だからこの世は定めがたい、たのみにしがたいのだと、こんな言葉の端からも源氏は悲しまれた。
「人知れず神の許(ゆる)しを待ちしまに
ここらつれなき世を過すかな
ただいまはもう神に託しておのがれになることもできないはずです。一方で、私が不幸な目に会っていましたとき以来の苦痛(くるしみ)の記録の片はしでもお聞きくださいませんか」
源氏は女王と直接に会見することをこういって強要するのである。そうしたようすなども昔の源氏にくらべて、より優美なところが多く添ったように思われた。その時代にくらべると年はずっといってしまった源氏ではあるが、位の高さには釣合わぬ若々しさは保存されていた。
なべて世の哀ればかりを問ふからに
誓ひしことを神やいさめん
と斎院のお歌が伝えられる。
「そんなことをおとがめになるのですか。その時代の罪はみな科戸(しなど)の風に追ってもらったはずです」
源氏の愛嬌(あいきょう)はこぼれるようであった。
「この御禊(みそぎ)を神は(恋せじとみたらし川にせし御禊神は受けずもなりにけるかな)お受けになりませんそうですね」
宣旨は軽く冗談にしてはいっているが、心の中ではひじょうに気の毒だと源氏に同情していた。羞恥(しゅうち)深い女王はしだいに奥へ身を引いておしまいになって、もう宣旨にも言葉をお与えにならない。
「あまりに哀れに自分が見えすぎますから」
と深い嘆息をしながら源氏は立ちあがった。
「年がいってしまうとはずかしい目に会うものです。こんな恋の憔悴(しょうすい)者に、せめて話を聞いてやろうという寛大な気もちをお見せになりましたか。そうじゃない」
こんな言葉を女房に残して源氏の帰ったあとで、女房らはどこの女房もいうように源氏をたたえた。空の色も身にしむ夜で、木の葉の鳴る音にも昔が思われて、女房らは古いころからの源氏との交渉のあったある場面場面のおもしろかったこと、身にしんだことも心に浮んでくるといって、斎院にお話し申していた。
不満足な気もちで帰って行った源氏は、ましてその夜が眠れなかった。早く格子(こうし)をあげさせて源氏は庭の朝霧をながめていた。枯れた花の中に朝顔が左右の草にまつわりながらあるかないかに咲いて、しかも香さえも放つ花を折らせた源氏は、前斎院へそれを贈るのであった。
あまりに他人らしくお扱いになりましたから、きまりも悪くなって帰りましたが、哀れな私のうしろ姿をどうお笑いになったことかとくやしい気もしますが、しかし、
見し折りのつゆ忘られぬ朝顔の
花の盛りは過ぎやしぬらん
どんなに長い年月のあいだあなたをお思いしているかということだけは知っていてくださるはずだと思いまして、私は嘆きながらも希望をもっております。
という手紙を源氏は書いたのである。真正面から恋ばかりをいわれているのでもない中年の源氏のおとなしい手紙に対して、返事をせぬことも感情の乏(とぼ)しい女と思われることであろうと女王もお思いになり、女房たちもそう思って硯(すずり)の用意などしたのでお書きになった。
秋はてて霧の籬(まがき)にむすぼほれ
あるかなきかにうつる朝顔
秋にふさわしい花をお送りくださいましたことででももの哀れな気もちになっております。
とだけ書かれた手紙はたいしておもしろいものでもないはずであるが、源氏はそれを手から放すのも惜しいようにじっとながめていた。青鈍色(あおにびいろ)の柔らかい紙に書かれた字は美しいようであった。書いた人の身分、書き方などが補ってそのときは良い文章、良い歌のように思われたことも、改めて本の中へ書き載(の)せるとまずい点のあらわれてくるものであるから、手紙の文章や歌というようなものは、この話を控え帳に筆者は大部分はぶくことにしていたので、採録したものにも書き誤りがあるであろうと思われる。
今になってまた若々しい恋の手紙を人に送るようなことも似合わしくないことであると源氏は思いながらも、昔から好意も友情もその人にもたれながら、恋のなり立つまでにはならなかったのを思うと、もうあとへは引けない気になっていて、ふたたび情火を胸に燃やしながら心をこめた手紙をつづいて送っていた。東の対(たい)の方に離れていて、前斎院の宣旨を源氏は呼び寄せて相談していた。
女房たちのだれの誘惑にもなびいていきそうな人々は狂気にもなるほど源氏をほめて夢中になっているこんな家の中で、朝顔の女王だけは冷静でおありになった。お若いときすらも友情以上のものをこの人におもちにならなかったのであるから、今はまして自分もその人も恋愛などをする年ではなくなっていて、花や草木のことのいわれる手紙にもすぐに返事を出すようなことは人の批評することがうるさいと、それも遠慮されるようになって、いつまでたってもお心の動くようすはなかった。
はじめの態度はどこまでもおつづけになる朝顔の女王の普通の型でない点が、珍重すべきおもしろいことにも思われてならない源氏であった。世間はもうその噂(うわさ)をして、
「源氏の大臣は前斎院にご熱心でいられるから、女五の宮へご親切もおつくしになるのだろう、結婚されて似合いの縁というものであろう」ともいうのが、紫夫人の耳にも伝わってきた。当座はそんなことがあっても自分へ源氏は話して聞かせるはずであると思っていたが、それ以来気をつけて見ると、源氏のようすはそわそわとして、何かに心の奪われていることがよくわかるのであった。こんなにまじめにうちこんで結婚までを思う恋を、自分にはただ気まぐれですることのように良人(おっと)はいっていた。同じ女王ではあっても世間から重んぜられていることは自分と比較にならない人である。その人に良人の愛が移ってしまったなら、自分はみじめであろう、と夫人は嘆かれた。さすがに第一の夫人として源氏の愛をほとんど一身に集めてきた人であったから、今になって心の満たされないとり扱いを受けることは、ほかへ対しても堪えがたいことであると夫人は思うのである。顧(かえり)みられないというようなことはなくても、源氏が重んじる妻は他の人で、自分は少女時代から養ってきた、どんな薄遇をしてもあまんじているはずの妻にすぎないことになるのであろうと、こんなことを思って夫人は煩悶(はんもん)しているが、たいしたことでないことはあまり感情を害しない程度の夫人の恨み言(ごと)にもなって、それで源氏の恋愛行為が牽制(けんせい)されることにもなるのであったが、今度は夫人の心の底から恨めしく思うことであったから、なんともその問題にふれようとしない。外をながめてもの思いを絶えずするのが源氏であって、御所の宿直(とのい)の夜が多くなり、役のようにして自宅ですることは手紙を書くことであった。噂に誤りがないらしいと夫人は思って、すこしくらいはうちあけて話してもよさそうなものであると、あきたりなくばかり思った。
冬の初めになっても今年は神事(しんじ)がいっさい停止されていて寂(さび)しい。徒然(つれづれ)な源氏はまた五の宮をたずねに行こうとした。雨もちらちらと降って艶な夕方に、すこし着て柔らかになった小袖になお薫物(たきもの)を多くしたり、化粧に時間を費(ついや)したりして恋人を訪(と)おうとしている源氏であるから、それを見ていて気の弱い女性はどんな心もちがするであろうと危(あや)ぶまれた。さすがに出がけの声をかけに源氏は夫人のところへ来た。
「女五の宮様がご病気でいらっしゃるからお見舞いに行って来ます」
ちょっとすわってこういう源氏の方を、夫人は見ようともせずに姫君の相手をしていたが、不快な気もちはよく見えた。
「しじゅうこのごろは機嫌(きげん)が悪いではありませんか、むりでないかもしれない、長くいっしょにいてはあなたにあかれると思って、私はときどき御所で宿直をしたりしてみるのが、それでまたあなたは不愉快になるのですね」
「ほんとうに長く同じであるものは悲しい目をみます」
とだけいって向こうを向いて寝てしまった女王をおいて出て行くことはつらいことに源氏は思いながらも、もうご訪問の知らせを宮に申しあげたあとであったから、やむをえず二条院を出た。こんな日も自分の上にまわってくるのを知らずに、源氏を信頼して暮してきたと寂しい気もちに夫人はなっていた。喪(も)服の鈍色ではあるが濃淡の重なりの艶な源氏の姿が雪の光でよく見えるのを、寝ながらのぞいていた夫人はこの姿を見ることもまれな日になったらと思うと悲しかった。前駆(ぜんく)も親しい者ばかりを選んであったが、
「参内(さんだい)する以外の外出はおっくうになった。桃園の女五の宮様は寂しいお一人ぼっちなのだからね、式部卿の宮がおいでになったあいだは私もお任(まか)せしてしまっていたが、今では私がたよりだとおっしゃるのでね、それもごもっともでお気の毒だから」
などと、前駆を勤める人たちにもいいわけらしく源氏はいっていたが、
「りっぱな方だけれど、恋愛をおやめにならない点が傷だね。ご家庭がそれですむまいと心配だ」
とそうした人たちもいっていた。
桃園のお邸(やしき)は北側にある普通の人の出入りする門をはいるのは自重の足りないことに見られると思って、西の大門から人をやって案内を申し入れた。こんな天気になったから、先触れはあっても源氏は出かけて来ないであろうと宮は思っておいでになったのであるから、驚いて大門をおあけさせになるのであった。出て来た門番の侍(さむらい)が寒そうな姿で、背中がぞっとするというふうをして、門の扉をかたかたといわせているが、これ以外の侍はいないらしい。
「ひどく錠(じょう)がさびていて開きません」
とこぼすのを、源氏は身にしんで聞いていた。宮のお若いころ、自身の生れたころを源氏が考えてみるとそれはもう三十年の昔になる、物のさびたことによって人間の古くなったことも思われる、それを知りながら仮(かり)の世の執着が離れず、人に心のひかれることのやむときがない自分であると源氏は恥じた。
いつのまに蓬(よもぎ)がもとと結ぼほれ
雪ふる里と荒れし垣根(かきね)ぞ
源氏はこんなことを口ずさんでいた。やや長くかかって古い門の抵抗がやっと征服された。
源氏はまず宮のお居間の方で例のように話していたが、昔話のとりとめもないようなのが長くつづいて、源氏は眠くなるばかりであった。宮もあくびをあそばして、
「私は宵惑(よいまど)いなものですから、お話がもうできないのですよ」
とおいいになったかと思うと、いびきという源氏になじみのすくない音が聞えだしてきた。源氏は内心に喜びながら、宮のお居間を辞して出ようとすると、また一人の老人らしい咳をしながら御簾ぎわに寄って来る人があった。
「もったいないことですが、ごぞんじのはずと思っておりますものの、私の存在をとっくにお忘れになっていらっしゃるようでございますから、私の方から、出て参りました。院の陛下がお祖母さんとおいいになりました者でございますよ」
というので源氏は思い出した。源典侍(げんのないしのすけ)といわれていた人は尼になって女五の宮のお弟子(でし)分でお仕えしていると以前聞いたこともあるが、今まで生きていたとは思いがけないことであるとあきれてしまった。
「あのころのことはみな、昔話になって、思い出してさえあまりに今と遠くて心細くなるばかりなのですが、うれしい方がおいでになりましたね。『親なしに臥(ふ)せる旅人』と思ってください」
といいながら、御簾の方へからだを寄せる源氏に、典侍はいっそう昔が帰ってきた気がして、今も好色女らしく歯のすくなくなった曲った口もとも想像される声で、あまえかかろうとしていた。
「とうとうこんなになってしまったじゃありませんか」
などとおくめんなしにいう。今はじめて老衰に会ったような口ぶりであるとおかしく源氏は思いながらも、一面では哀れなことに予期もせず触れた気もした。この女が若盛りのころの後宮の女御(にょご)、更衣(こうい)はどうなったかというと、みじめなふうになって生き長らえている人もあるであろうが、大部分は故人である。入道の宮などのお年はどうであろう、この人の半分にも足らないでお崩(かく)れになったではないか、はかないのが姿である人生であるからと源氏は思いながらも、人格がいいともいえない、ふしだらな女が長生きをして気楽に仏勤めをして暮すようなことも不定(ふじょう)と仏のお教えになったこの世の相であると、こんなふうに感じて、気分がしんみりとしてきたのを、典侍は自身の魅力の反映が源氏にあらわれてきたものと解して、若々しくいう。
年経(ふ)れどこの契(ちぎ)りこそ忘られね
親の親とか言ひし一こと
源氏は悪(お)感を覚えて、
「身を変へて後も待ち見よこの世にて
親を忘るるためしありやと
頼もしい縁ですよ。そのうちにまた」
といって立ってしまった。
西の方はもう格子がおろしてあったが、迷惑がるように思われてはと斟酌(しんしゃく)して、一間二間(ひとまふたま)はそのままにしてあった。月が出て淡(あわ)い雪の光といっしょになった夜の色が美しかった。今夜は真剣なふうに恋を訴える源氏であった。
「ただ一言(ひとこと)、それは私を憎むということでもご自身のお口から聞かせてください。私はそれだけをしていただいただけで満足してあきらめようと思います」
熱情を見せてこういうが、女王は、自分も源氏もまだ若かった日、源氏が今日のような複雑な係累(けいるい)もなくて、どんなことも若さのとがですむ時代にも、父宮などの希望された源氏との結婚問題を、自分はその気になれずに否(いな)んでしまった。ましてこんなに年がいって衰えた今になっては、一言でも直接にものをいったりすることははずかしくてできないとお思いになって、だれが勧(すす)めてもそうしようとされないのを、源氏はひじょうに恨めしく思った。さすがに冷淡にはおとり扱いにはならないで、人づてのお返辞はくださるというのであったから、源氏は悶々とするばかりであった。しだいに夜がふけて、風の音も激しくなる。心細さに落ちる涙をぬぐいながら源氏はいう。
「つれなさを昔に懲(こ)りぬ心こそ
人のつらさに添へてつらけれ
『心づから』(恋しさも心づからのものなれば置き所なくもてぞ煩ふ)苦しみます」
「あまりにお気の毒でございますから」
といって、女房らが女王に返歌をされるように勧めた。
「改めて何かは見えん人の上に
かかりと聞きし心変りを
私はそうしたふうに変っていきません」
と女房が斎院のお言葉を伝えた。力の抜けた気がしながらも、いうべきことはいい残して帰って行く源氏は、自身がみじめに思われてならなかった。
「こんなことは愚かな男の例として噂にもなりそうなことですから人にはいわないでください。『いさや川』(犬上(いぬがみ)のとこの山なるいさや川いさとこたへて我名もらすな)などというのも恋のなり立った場合の歌で、ここへは引けませんね」
といって源氏はなお女房たちに何ごとかをたのんで行った。
「もったいない気がしました。なぜああまで気強くなさるのでしょう。すこし近くへお出ましになっても、まじめに求婚をしていらっしゃるだけですから、失礼なことなどの起ってくる気づかいはないでしょうのに、お気の毒な」
とあとでいう者もあった。斎院は源氏の価値をよく知っておいでになって愛をお感じにならないのではないが、好意を見せても源氏の外貌だけを愛している一般の女と同じに思われることはいやであると思っておいでになった。接近させて下にかくしたこの恋を、源氏に看破されるのもつらく女王はお思いになるのである。友情で書かれた手紙には友情でむくいることにして、源氏が来れば人づてで話す程度のことにしたいとお思いになって、ご自身は神に奉仕していたあいだ怠っていた仏勤めを、とりかえしうるほどじゅうぶんにできる尼になりたいとも願っておいでになるのであるが、このさいにわかにそうしたことをするのも源氏へすまない、反抗的の行為であるとも必ずいわれるであろうと、世間が作る噂というものの苦しさを経験されたお心からお思いになった。女房たちが源氏に買収されてどんな行為をするかもしれぬという懸念(けねん)から、女王はその人たちに対してもお気をおゆるしにならなかった。そして追い追い宗教的な生活へ進んでおいきになるのであった。女王は男の兄弟も幾人かもっておいでになるのであるが、同腹でなかったから親しんで来る者もない。宮家の財政も心細くなったさいに、源氏が熱心な求婚者として出て来たのであるから、女たちは一人残らず結婚のなり立つことばかりを祈っていた。
源氏はあながちにあせって結婚がしたいのではなかったが、恋人の冷淡なのに負けてしまうのが残念でならなかった。今日の源氏は最上の運に恵まれてはいるが、昔よりはいろいろなことに経験を積んできていて、いまさら恋愛に没頭することの不可なことも、世間から受ける非難も知っていながらしていることで、これが成功しなければいよいよ不名誉であると信じて、二条院に寝ない夜も多くなったのを夫人は恨めしがっていた。悲しみをおさえる力も尽きることがあるわけである。源氏の前で涙のこぼれることもあった。
「なぜ機嫌を悪くしているのですか、理由がわからない」
といいながら、額髪(ひたいがみ)を手ではらってやり、あわれんだ表情で夫人の顔を源氏がながめているようすなどは、絵に描きたいほど美しい夫婦と見えた。
「女院がお崩(かく)れになってから、陛下が寂しそうにばかりしておいでになるのが心苦しいことだし、太政大臣が現在では欠けているのだから、政務はみな私が見なければならなくて、多忙なために家へ帰らないときの多いのを、あなたからいえば例のなかったことで、寂しく思うのももっともだけれど、ほんとうはもうあなたの不安がることは何もありませんよ。安心しておいでなさい。おとなになったけれどまだ少女のように思いやりができず、私を信じることもできない、可憐なばかりのあなたなのだろう」
などといいながら、やさしく妻の髪をなおしたりして源氏はいるのであったが、夫人はいよいよ顔を向こうへやってしまって何もいわない。
「若々しいわがままをあなたがするのも私がつけた癖(くせ)なのだ」
嘆息をして、短い人生に、愛する人からこんなにまで恨まれているのも苦しいことであると源氏は思った。
「斎院との交際で何かあなたは疑っているのではないのですか。それはまったく恋愛などではないのですよ。自然わかってくるでしょうがね。昔からあの人はそんな気のない一風変った女性なのですよ。私の寂しいときなどに手紙を書いてあげると、あちらはひまな方だから時々は返事をくださるのです。忠実に相手になってもくださらないと、そんなことをあなたにこぼすぼどのことでもないから、一々話さないだけです。気がかりなことではないと思いなおしてください」
などといって、源氏は終日夫人をなだめ暮した。
雪のたくさん積った上になお雪が降っていて、松と竹がおもしろく変った個性を見せている夕暮れ時で、人の美貌もことさら光るように思われた。
「春がよくなったり、秋がよくなったり、終始、人の好みの変る中で、私は冬の澄んだ月が雪の上にさした無色の風景が身にしんで好きに思われる。そんなときにはこの世界の外の大世界までが想像されて、これが人間の感じる極致の境だという気もするのに、すさまじいものに冬の月をいったりする人の浅薄さが思われる」
源氏はこんなことをいいながら御簾を巻きあげさせた。月光が明るく地に落ちてすべての世界が白く見える中に、植込みの灌木(かんぼく)類のおしつけられた形だけが哀れに見え、流れの音もむせび声になっている。池の氷のきらきら光るのもすごかった。源氏は童女を庭へおろして雪まろげをさせた。美しい姿、頭(かしら)つきなどが月の光にいっそうよく見えて、やや大きな童女たちが、いろいろな衵(あこめ)を着て、上着は脱いだ結び帯の略装で、もうずっと長くなっていて、裾の広がった髪は雪の上で鮮明にきれいに見られるのであった。小さい童女は子どもらしく喜んで走りまわるうちには扇を落してしまったりしている。ますます大きくしようとしても、もう童女たちの力では雪の球が動かされなくなっている。童女の半分は東の妻戸の外に集って、自身たちの出て行けないのを残念がりながら、庭の連中のすることを見て笑っていた。
「昔中宮がお庭に雪の山をお作らせになったことがある。だれもすることだけれど、その場合にひじょうにしっくりと合ったことをなさる方だった。どんなときにもあの方がおいでになったらと、残念に思われることが多い。私などに対して法(のり)を越えたご待遇はなさらなかったから、こまかなことは拝見する機会もなかったが、さすがに尊敬している私を信用はしていてくだすった。私は何かのことがあると歌などをさしあげたが、文学的に見て優秀なお返事でないが、見識があるというよさはおありになって、おいいになることがみな深みのあるものだった。あれほど完全な貴女がほかにあるとは思われない。柔らかに弱々しくいらっしゃって、気高い品のよさがまたあの方のものだったのですからね。しかしあなただけは血縁の近い女性だけあってあの方によく似ている。すこしあなたは嫉妬(しっと)をする点だけが悪いかもしれないね。前斎院の性格はまたまったく変っておいでになる。私の寂しいときに手紙などを書く交際相手で敬意のはらわれる、晴れがましい友人としてはあの方だけがまだ残っておいでになるといっていいでしょう」
と源氏がいった。
「尚侍(ないしのかみ)は貴婦人の資格をじゅうぶんに備えておいでになる、軽佻(けいちょう)な気などはすこしもお見えにならないような方だのに、あんなことのあったのが、私はふしぎでならない」
「そうですよ。艶な美しい女の例には、今でもむろん引かねばならない人ですよ。そんなことを思うと自分のしたことで人をそこなった後悔が起ってきてならない。まして多情な生活をしては年がいったあとでどんなに後悔することが多いだろう。人ほど軽率(けいそつ)なことはしないでいる男だと思っていた私でさえこうだから」
源氏は尚侍の話をするときにも涙をすこしこぼした。
「あなたが眼中にも置かないように軽蔑(けいべつ)している山荘の女は、身分以上に貴婦人の資格というものをみなそろえてもった人ですがね、思いあがってますますよく見えるのも人によることですから、私はその点をその人によけいなもののようにも見ておりますがね。私はまだずっと下の階級に属する女性たちを知らないが、私の見た範囲でもすぐれた人はなかなかないものですよ。東の院に置いてある人の善良さは、若いときから今まで一貫しています。愛すべき人ですよ。ああはいかないものですよ。私たちは青春時代から信じ合った、そしてつつましい恋をつづけてきたものです。今になって別れ別れになることなどはできませんよ。私は深く愛しています」
こんな話に夜はふけていった。月はいよいよ澄んで美しい。夫人が、
氷とぢ岩間の水は行き悩み
空澄む月の影ぞ流るる
といいながら、外を見るためにすこし傾けた顔が美しかった。髪の性質、顔だちが恋しい故人の宮にそっくりな気がして、源氏はうれしかった。すこし外に分けられていた心もとりかえされるものと思われた。鴛鴦(おし)の鳴いているのを聞いて、源氏は、
かきつめて昔恋しき雪もよに
哀れを添ふる鴛鴦(おし)のうきねか
といっていた。
寝室にはいってからも源氏は中宮のおんことを恋しく思いながら眠りについたのであったが、夢のようにでもなくほのかに宮の面影が見えた。ひじょうにお恨めしいふうで、
「あんなに秘密を守るとおいいになりましたけれど、私たちのした過失(あやまち)はもう知れてしまって、私ははずかしい思いと苦しい思いとをしています。あなたが恨めしく思われます」
とおいいになった。返辞を申しあげるつもりで立てた声が、夢に襲われた声であったから、夫人が、
「まあ、どうなさいました、そんなに」
といったので源氏は目がさめた。ひじょうに残り惜しい気がして、張り裂(さ)けるほどの鼓動を感じる胸をおさえていると、涙も流れてきた、夢のまったくさめたあとでも源氏は泣くことをやめないのであった。夫人はどんな夢であったのであろうと思うと、自分だけが別物にされた寂しさを覚えて、じっと身じろぎもせずに寝ていた。
とけて寝ぬ寝覚(ざ)めさびしき冬の夜に
結ぼほれつる夢のみじかさ
源氏の歌である。夢に死んだ恋人を見たことに心は慰まないで、かえって恋しさ悲しさのまさる気のする源氏は、早く起きてしまって、何とは表面に出さずに、誦経(ずきょう)を寺へたのんだ。苦しい目をみせるとお恨みになったのもきっとそういう気のあそばすことであろうと源氏に悟れるところがあった。仏勤めをなされたほかに民衆のためにも功徳(くどく)を多くおおこないになった宮が、あの一つの過失のためにこの世での罪障(ざいしょう)が消滅し尽さずにいるかと、深く考えてみればみるほど源氏は悲しくなった。自分はどんな苦行をしても寂しい世界に贖罪(しょくざい)の苦しみをしておいでになる中宮のところへ行って、罪にかわっておあげすることがしたいと、こんなことをつくづくと思い暮していた。中宮のために仏事を自分のおこなうことはどんな簡単なことであっても世間の疑いを受けることに違いない、帝(みかど)の御心(みこころ)の鬼に思召し合すことになってもよろしくないと源氏ははばかられて、ただ一人心で阿弥陀仏(あみだぶつ)を念じつづけた。同じ蓮華(れんげ)の上に生れしめたまえと祈ったことであろう。
なき人を慕ふ心にまかせても
かげ見ぬ水の瀬にやまどはん
と思うと悲しかったそうである。
源氏の君三十二歳。(訳注)