けざやかにめでたき人ぞ在(い)ましたる野分(のわき)が開(あ)くる絵巻のおくに 晶子
中宮のお住居の庭へ植えられた秋草は、今年はことさら種類が多くて、その中へ風流な黒木、赤木のませ垣(がき)がところどころにゆわれ、朝露夕露の置き渡すころの優美な野の景色を見ては、春の山も忘れるほどにおもしろかった。春秋の優劣を論じる人は、昔から秋をよいとする方の数が多いのであったが、六条院の春の庭のながめに説を変えた人々は、またこのごろでは秋の賛美者になっていた、世の中というもののように。
中宮はこれにお心がひかれてずっとご実家生活をつづけておいでになるのであるが、音楽の会の催しがあってよいわけではあっても、八月は父君の前皇太子のおん忌月(きづき)であったから、それにはばかってお暮しになるうちに、ますます草の花は盛りになった。今年の野分(のわき)の風は例年よりも強い勢いで空の色も変るほどに吹きだした。草花のしおれるのを見ては、それほど自然に対する愛のあるのでもないあさはかな人さえも心が痛むのであるから、まして露の吹き散らされてむざんに乱れていく秋草をごらんになる宮は、ご病気にもおなりにならぬかと思われるほどのご心配をあそばされた。おおうばかりの袖(そで)というものは春の桜によりも、実際は秋空の前に必要なものかと思われた。日が暮れていくにしたがってしいたげられる草木の影は見えずに、風の音ばかりのつのってくるのも恐ろしかったが、格子(こうし)なども皆おろしてしまったので、宮は、ただ草の花を哀れにお思いになるよりほかしかたもおありにならなかった。
南の御殿の方も前の庭を修理させた直後であったから、この野分に、もとあらの小萩が奔放に枝をふり乱すのを傍観しているほかはなかった。枝が折られて露の宿ともなれないふうの秋草を、女王は縁の近くに出てながめていた。源氏は小姫君のところにいたころであったが、中将が来て東の渡殿(わたどの)の衝立(ついたて)の上から妻戸の開いた中を何心もなく見ると女房がおおぜいいた。中将は立ちどまって音をさせぬようにしてのぞいていた。屏風(びょうぶ)なども風の激しいためにみなたたみ寄せてあったから、ずっと先の方もよく見えるのであるが、そこの縁つきの座敷にいる一女性が中将の目にはいった。女房たちと混同して見える姿ではない。気高くてきれいで、さっとにおいの立つ気がして、春の曙(あけぼの)の霞(かすみ)の中から美しい樺桜(かばざくら)の咲き乱れたのを見いだしたような気がした。夢中になってながめる者の顔にまで愛嬌(あいきょう)が反映するほどである。かつて見たことのない麗人である。御簾(みす)の吹きあげられるのを、女房たちがおさえて歩くのを見ながら、どうしたのかその人が笑った。ひじょうに美しかった。草花に同情して奥へもはいらずに紫の女王がいたのである。女房もきれいな人ばかりがいるようであっても、そんな方へは目が移らない。父の大臣が自分に接近する機会を与えないのは、こんなふうに男性が見ては平静でありえなくなる美貌(びぼう)の継(まま)母と自分を、聡明(そうめい)な父は隔離するようにして親しませなかったのであったと思うと、中将は自身のすき見の罪が恐ろしくなって、立ち去ろうとするときに、源氏は西側の襖子(からかみ)をあけて夫人の居間へはいって来た。
「いやな日だ。あわただしいふうだね、格子をみなおろしてしまうがよい、男の用人がこの辺にもいるだろうから、用心をしなければ」
と源氏がいっているのを聞いて、中将はまたもとの場所へ寄ってのぞいた。女王は何かものをいっていて、源氏も微笑しながらその顔を見ていた。親という気がせぬほど源氏は若くきれいで、美しい男の盛りのように見えた。女の美もまた完成の域に達したときであろうと、身にしむほどに中将は思ったが、この東側の格子も風に吹き散らされて、立っているところが中から見えそうになったのに恐れて身を退(の)けてしまった。そして今来たように咳(せき)ばらいなどをしながら南の縁の方へ歩いて出た。
「だから私がいったように不用心だったのだ」
こういった源氏がはじめて東の妻戸の開いていたことを見つけた。長い年月のあいだこうした機会がとらえられなかったのであるが、風は巖(いわお)も動かすという言葉に真理がある、つつしみ深い貴女も風のために端(はし)へ出ておられて、自分に珍しい喜びを与えたのであると中将は思ったのであった。家司(けいし)たちが出て来て、
「たいへんな風力でございます。北東からくるのでございますから、こちらはいくぶんよろしいわけでございます。馬場殿と南の釣殿(つりどの)などは危険に思われます」
などと主人に報告して、下人(げにん)にはいろいろな命令をくだしていた。
「中将はどこから来たか」
「三条の宮にいたのでございますが、風が強くなりそうだと人が申すものですから、心配でこちらへ出て参りました。あちらではお一方(ひとかた)きりなのですから心細そうになさいまして、風の音なども若い子のように恐ろしがっていられますからお気の毒にぞんじまして、またあちらへ参ろうと思います」
と中将はいった。
「ほんとうにそうだ、早く行くがいいね。年がいって若い子になるということはふしぎなようでも実はみなそうなのだね」
と源氏は大宮にご同情していた。
[#ここより引用文、本文より1字下げ]
騒がしい天気でございますから、いかがかとお案じしておりますが、この朝臣(あそん)がおつきしておりますことで安心しておうかがいはいたしません。
[#引用文、ここまで]
という挨拶(あいさつ)をことづてた。途中も吹きまくる風があってわびしいのであったが、まじめな公子であったから、三条の宮の祖母君と、六条院の父君へのご機嫌(きげん)うかがいを欠くことはなくて、宮中のご謹慎日などで、御所から外へ出られぬとき以外は、役所の用の多いときにも臨時のご用の忙しいときにも、最初に六条院の父君の前へ出て、三条の宮から御所へ出勤することを規則正しくしている人で、こんな悪天候の中へ身を呈するようなお見舞なども苦労とせずにいた。宮様は中将が来たので力を得たようにお喜びになった。
「年寄りの私がまだこれまで経験しないほどの野分ですよ」
とふるえておいでになった。大木の枝の折れる音などもすごかった。家々の瓦(かわら)の飛ぶ中を来たのは冒険であったとも宮はいっておいでになった。はなやかなご生活をあそばされたこともみな過去のことになって、この人一人をたよりにしておいでになるご現状を拝見しては無常も感ぜられるのである。今でも世間から受けておいでになる尊敬が薄らいだわけではないが、かえってお一人子の内大臣のとる態度に暖かさの欠けたところがあった。
夜どおし吹きつづける風に眠りえない中将は、もの哀れな気もちになっていた。今日は恋人のことが思われずに、風の中でしたすき見ではじめて知るをえた継母の女王の面影が忘られないのであった。これはどうしたことか、だいそれた罪を心で犯すことになるのではないかと思って反省しようとつとめるのであったが、また同じ幻(まぼろし)が目に見えた。過去にも未来にもないような美貌の方である。あれほどの夫人のおられる中へ東の夫人がまじっておられるなどということは想像もできないことである。東の夫人がかわいそうであるとも中将は思った。父の大臣のりっぱな性格がそれによって証明された気もされる。まじめな中将は紫の女王を恋の対象として考えるようなことはないのであるが、自分もああした妻がほしい、短い人生もああした人といっしょにおれば長生きができるであろうなどと思いつづけていた。
明け方に風がすこし湿気を帯びた重い音になって村雨(むらさめ)ふうな雨になった。
「六条院では離れた建築物が、みな倒れたそうでございます」
などと侍(さむらい)が報じた。風がもみ抜いているあいだ、広い六条院は大臣の住居辺はおおぜいの人が詰めているであろうが、東の町などは人ずくなで花散里(はなちるさと)夫人は心細く思ったことであろうと中将は驚いて、まだほのぼの白(しら)むころに三条の宮からたずねに出かけた。横雨がひややかに車へ吹き込んできて、空の色もすごい道を行きながらも中将は、魂がなんとなく身に添わぬ気がした。これはどうしたこと、また自分にはもの思いが一つふえることになったのかと慄然(りつぜん)とした。これほどあるまじいことはない、自分は狂気したのかともいろいろに苦しんで六条院へついた中将は、すぐに東の夫人を見舞いに行った。ひじょうにおびえていた花散里をいろいろと慰めてから、家司を呼んでそこねたところどころの修繕を命じて、それから南の町へ行った。まだ格子はあげられずに人も起きていなかったので、中将は源氏の寝室の前にあたる高欄(こうらん)に寄りかかって庭をながめていた。風のあとの築山(つきやま)の木が被害を受けて枝などもたくさん折れていた。草むらの乱れたことはむろんで、檜皮(ひわだ)とか瓦とかが飛び散り、立(たて)じとみとか透垣(すいがい)とかが無数に倒れていた。わずかだけさした日光に恨み顔な草の露がきらきらと光っていた。空はすごく曇って、霧におおわれているのである。こんな景色に対していて、中将はなんということなしに涙のこぼれるのをおしこむようにふいて咳ばらいをしてみた。
「中将が来ているらしい。まだ早いだろうに」
といって源氏は起き出すのであった。何か夫人がいっているらしいが、その声は聞えないで源氏の笑うのが聞えた。
「昔もあなたに経験させたことのない夜明けの別れを、今はじめて知って寂(さび)しいでしょう」
といっているのが感じよく聞えた。女王の言葉は聞えないのであるが、一方の言葉から推(お)して、こうして戯(たわむ)れをいい合う今も、緊張した間柄であることが中将にわかった。格子を源氏が手ずからあけるのを見て、あまりに近くいることを遠慮して、中将はすこしあとへ退いた。
「どうだったか、昨晩うかがったことで宮様はお喜びになったかね」
「そうでございました。なんでもないことにもお泣きになりますからお気の毒で」
と中将がいうと源氏は笑って、
「もう長くはいらっしゃらないだろう。誠意をこめてお仕えしておくがいい。内大臣はそんなふうでないと私へおこぼしになったことがある。華美なきらきらしいことが好きで、親への孝行も人目を驚かすようにしたい人なのだね。情味をもってどうしておあげしようというようなことのできない人なのだよ。複雑な性格で、ひじょうな聡明さで、末世の大臣に過ぎた力量のある人だがね。まあそういえばだれにだって欠点はあるからね」
などと源氏はいうのであった。
「あの大風に中宮づきの役人はみな出て来ていたか、昨夜のことが不安だ」
といって、源氏は中将を見舞いに出すのであった。
[#ここより引用文、本文より1字下げ]
昨晩の風のきついころはどうしておいでになりましたか。私はすこしそのころからからだの調子がよろしゅうございませんので、ただいまはまだうかがわれません。
[#引用文、ここまで]
という挨拶をもたせてやったのである。そこを立ち廊(ろう)の戸を通って中宮の町へ出て行く若い中将の朝の姿が美しかった。東の対の南側の縁に立って、中央の寝殿を見ると、格子が二間(ふたま)ほどだけあげられて、まだほのかな朝ぼらけに御簾を巻きあげて女房たちが出ていた。高欄に寄りかかって庭を見ているのは若い女房ばかりであった。うちとけた姿でこうしたふうに出ていたりすることはよろしくなくても、これはみなきれいにいろいろな上着に裳(も)までつけて、重なるようにしてすわりながらおおぜいで出ているので感じのよいことであった。中宮は童女を庭へおろして、虫籠(かご)に露を入れさせておいでになるのである。紫苑色(しおんいろ)、撫子(なでしこ)色などの濃い色、淡(うす)い色の衵(あこめ)に、女郎花(おみなえし)色の薄物の上着などの時節に合った物を着て、四五人くらいずつひとかたまりになってあなたこなたの草むらへいろいろな籠(かご)をもって行き歩いていて、折れた撫子の哀れな枝などもとって来る。霧の中にそれらが見えるのである。お座敷の中を通って吹いてくる風は侍従香(じじゅうこう)のにおいを含んでいた。貴女の世界の心憎さが豊(ゆた)かに覚えられるお住居である。驚かすような気がして中将は出にくかったが、静かな音を立てて歩いて行くと、女房たちはきわだって驚いたふうも見せずにみな座敷の中へはいってしまった。宮のご入内(じゅだい)のときに童形で供奉(ぐふ)して以来知り合いの女房連が多くて中将には親しみのある場所でもあった。源氏の挨拶を申しあげてから、宰相(さいしょう)の君、内侍(ないし)などもいるのを知って中将はしばらく話していた。ここにはまた、すべてのところよりも気高い空気があった。そうした清い気分の中で女房たちと語りながらも、中将は昨日以来の悩ましさを忘れることができなかった。
帰って来ると、南御殿は格子がみなあげられてあって、夫人は昨夜気にかけながら寝た草花が所在も知れぬように乱れてしまったのをながめているときであった。中将は階段のところへ行って、中宮のご返辞を報じた。
[#ここより引用文、本文より1字下げ]
荒い風もお防ぎくださいますでしょうと若々しくたのみにさせていただいているのでございますから、お見舞をいただきましてはじめて安心いたしました。
[#引用文、ここまで]
というのである。
「弱々しい宮様なのだからね、そうだったろうね。女はだれもみなこわくてたまるまいという気のした夜だったからね、実際不親切に思召しただろう」
といって、源氏はすぐにご訪問をすることにした。直衣(のうし)などを着るために向こうの室の御簾を引きあげて源氏がはいるときに、短い几帳(きちょう)を近くへ寄せて立てた人の袖口の見えたのを、女王であろうと思うと、胸がわきあがるような音をたてた。困ったことであると思って中将はわざと外の方をながめていた。源氏は鏡に向かいながら小声で夫人にいう。
「中将の朝の姿はきれいじゃありませんか、まだ小さいのだが洗練されても見えるように思うのは親だからかしら」
鏡にある自分の顔はしかも最高の優越した美をもつものであると源氏は自信していた。身なりを整えるのに苦心をしたあとで、
「中宮にお目にかかるときはいつも晴れがましい気がする。なんらの見識を表へ出しておいでになるのではないが、前へ出る者は気がつかわれる。おおように女らしくて、そして高い批評眼がそなわっているというような方だ」
こういいながら源氏は御簾から出ようとしたが、中将が一方を見つめて源氏の来ることにも気のつかぬふうであるのを、鋭敏な神経をもつ源氏はそれをどう見たか引きかえして来て夫人に、
「昨日、風のまぎれに中将はあなたを見たのじゃないだろうか。戸が開いていたでしょう」
というと、女王は顔を赤くして、
「そんなこと。渡殿の方には人の足音がしませんでしたもの」
といっていた。
「しかし、疑わしい」
源氏はこう独言(ひとりごと)をいいながら中宮の御殿の方へ歩いて行った。また供をして行った中将は、源氏が御簾の中へはいっているあいだを、渡殿の戸口の、女房たちの集っているけはいのうかがわれるところへ行って、戯れをいったりしながらも、新しいもの思いのできた人は平生よりもめいったふうをしていた。
そこからすぐに北へ通って明石(あかし)の君の町へ源氏は出たが、ここでははかばかしい家司ふうの者は来ていないで、下(しも)仕えの女中などが乱れた草の庭へ出て花のしまつなどをしていた。童女が感じのいい姿をして、夫人の愛している竜胆(りんどう)や朝顔がほかの葉の中にまざってしまったのを選(え)り出していたわっていた。もの哀れな気もちになっていて明石は十三絃の琴を弾(ひ)きながら縁に近いところへ出ていたが、人払いの声がしたので、平常着(ふだんぎ)の上へ棹(さお)からおろした小袿(こうちぎ)をかけて出迎えた。こんな急な場合にも敬意を表することを忘れないところに、この人の性格が見えるのである。座敷の端にしばらくすわって、風の見舞だけをいって、そのまま冷淡に帰って行く源氏の態度を女は恨めしく思った。
おほかたの荻(おぎ)の葉過ぐる風の音も
うき身一つに沁(し)むここちして
こんなことを口ずさんでいた。
源氏が東の町の西の対へ行ったときは、夜の風が恐ろしくて明け方まで眠れなくて、やっと睡眠したのちの寝すごしをした玉鬘(たまかずら)が鏡を見ているときであった。たいそうに先払いの声を出さないようにと源氏は注意していて、そっと座敷へはいった。屏風などもみなたたんであって混雑した室内へはなやかな秋の日ざしがはいったところに、あざやかな美貌の玉鬘がすわっていた。源氏は近いところへ席を定めた。荒い野分の風もここでは恋を告げる方便に使われるのであった。
「そんなふうなことをいって、私をお困らせになりますから、私はあの風に吹かれて行ってしまいたく思いました」
と機嫌をそこねて玉鬘がいうと源氏はおもしろそうに笑った。
「風に吹かれてどこへでも行ってしまおうというのは、すこし軽々しいことですね。しかしどこか吹かれて行きたい目的のところがあるでしょう。あなたも自我をあらわすようになって、私を愛しないことも明らかにするようになりましたね。もっともですよ」
と源氏がいうと、玉鬘は思ったままを誤解されやすい言葉でいったものであると自身ながらおかしくなって、笑っている顔の色がはなやかに見えた。海酸漿(うみほおずき)のようにふっくらとしていて、髪のあいだから見える肌の色がきれいである。目があまりに大きいことだけは、それほど品(ひん)のよいものでなかった。そのほかにはすこしの欠点もない。中将は父の源氏がゆっくりと話しているあいだに、この異腹の姉の顔を一度のぞいて知りたいとは平生から願っていることであったから、すみの部屋の御簾が几帳も添えられてあるが、乱れたままになっている、その端をそっとあげて見ると、中央の部屋とのあいだに障害になるような物はみな片づけられてあったからよく見えた。戯れていることは見ていてわかることであったから、ふしぎな行為である、親子であってもふところに抱きかかえる幼年者でもない、あんなにしてよいわけのものでないのにと目がとまった。源氏に見つけられないかと恐ろしいのであったが、好奇心がつのってなおのぞいていると、柱の方へからだをすこし隠すように姫君がしているのを、源氏は自身の方へ引き寄せていた。髪の波が寄って、はらはらとこぼれかかっていた。女も困ったようなふうはしながらも、さすがに柔らかに寄りかかっているのを見ると、終始このなれなれしい場面の演ぜられていることも中将に合点された。悪(お)感の覚えられることである、どういうわけであろう、好色なお心であるから、小さいときから手もとで育たなかった娘にはああした心も起るのであろう、道理でもあるがあさましいと真相を知らない中将にこう思われている源氏は気の毒である。玉鬘は兄弟であっても同腹でない、母が違うと思えば心の動くこともあろうと思われる美貌であることを中将は知った。昨日見た女王よりは劣って見えるが、見ている者がほほえまれるようなはなやかさは同じほどに思われた。八重(やえ)の山吹の咲き乱れた盛りに露をおびて夕映えの下にあったことを、その人を見ていて中将は思い出した。このごろの季節のものでないが、やはりその花に、もっともよく似た人であると思われた。花は美しくても花であって、またよく乱れた蕊(しべ)なども盛りの花といっしょにあったりなどするものであるが、人の美貌はそんなものではないのである。だれも女房がそばへ出て来ないあいだ、親しいふうに二人の男女は語っていたが、どうしたのかまじめな顔をして源氏が立ちあがった。玉鬘が、
吹き乱る風のけしきに女郎花(おみなえし)
萎(しお)れしぬべきここちこそすれ
といった。これはその人のいうのが中将に聞えたのではなくて、源氏が口にしたときに知ったのである。不快なことがまた好奇心をひきもして、もうすこし見きわめたいと中将は思ったが、近くにいたことを見られまいとしてそこから退いていた。源氏が、
「しら露に靡(なび)かましかば女郎花
荒き風にはしをれざらまし
弱竹(なよたけ)をお手本になさい」
といったと思ったのは、中将の僻耳(ひがみみ)であったかもしれぬが、それも気もちの悪い会話だとその人は聞いたのであった。
花散里のところへそこからすぐに源氏は行った。今朝(けさ)の肌寒さにうながされたように、年をとった女房たちが裁物(たちもの)などを夫人の座敷でしていた。細櫃(ほそびつ)の上で真綿(まわた)を広げている若い女房もあった。きれいに染めあがった朽葉色(くちはいろ)の薄(うす)物、淡(うす)紫のできあがりのよい打ち絹などが散らかっている。
「なんですこれは、中将の下襲(したがさね)なんですか。御所の壺前栽(つぼせんざい)の秋草の宴なども今年はだめになるでしょうね。こんな風が吹きだしてしまってはね、見ることもなにもできるものでないから。ひどい秋ですね」
などといいながら、なんになるのかさまざまの染物織物の美しい色が集っているのを見て、こうした見立ての巧みなことは、南の女王にも劣っていない人であると源氏は花散里を思った。源氏の直衣の材料の支那(しな)の紋綾(もんあや)を、初秋の草花から摘(つ)んで作った染料で手染めに染めあげたのがひじょうによい色であった。
「これは中将に着せたらいい色ですね。若い人には似合うでしょう」
こんなこともいって源氏は帰って行った。
めんどうな夫人たちの訪問の供をみなしてまわって、時のたったことで中将は気が気でなく思いながら妹の姫君のところへ行った。
「まだご寝室にいらっしゃるのでございますよ。風をおこわがりになって、今朝はもうお起きになることもおできにならないのでございます」
と乳母(めのと)が話した。
「悪い天気でしたからね。こちらで宿直(とのい)をしてあげたかったのだが、宮様が心細がっていらっしゃったものですから、あちらへ行ってしまったのです。お雛(ひな)様の御殿はほんとうにたいへんだったでしょう」
女房たちは笑っていう、
「扇の風でもたいへんなのでございますからね。それにあの風でございましょう。私どもはどんなに困ったことでしょう」
「なんでもない紙がありませんか。それからあなた方がお使いになる硯(すずり)を拝借しましょう」
と中将がいったので、女房は棚(たな)の上から出して紙を一巻(ひとまき)蓋(ふた)に入れて硯といっしょに出してくれた。
「これはあまり良すぎて私の役には立ちにくい」
といいながらも、中将は姫君の生母が明石夫人であることを思って、遠慮をしすぎる自分を苦笑しながら書いた。それは淡紫の薄様(うすよう)であった。ていねいに墨をすって、筆の先をながめながら考えて書いている中将のようすは艶(えん)であった。しかしその手紙は、若い女房を羨望(せんぼう)させる一女性にあてて書かれるものであった。
風騒ぎむら雲迷う夕にも
忘るるまなく忘られぬ君
という歌の書かれた手紙を、穂の乱れた刈萱(かるかや)に中将はつけていた。女房が、
「交野(かたのの)少将は紙の色と同じ色の花を使ったそうでございますよ」
といった。
「そんな風流が私にはできないのですからね。送ってやる人だってまたそんなものなのですからね」
中将はこうした女房にもあまりなれなれしくさせない溝(みぞ)を作って話していた。品のよい貴公子らしい行為である。中将はもう一通書いてから右馬助(うまのすけ)を呼んで渡すと、美しい童侍や、もの慣れた随身(ずいじん)の男へさらに右馬助は渡して使いは出て行った。若い女房たちは使いの行く先と手紙の内容とを知りたがっていた。姫君がこちらへ来るといって、女房たちがにわかに立ち騒いで、几帳のきれを引きなおしたりなどしていた。昨日から今朝にかけて見た麗人たちとくらべてみようとする気になって、平生はあまり興味をもたないことであったが、妻戸の御簾へからだを半分入れて几帳のほころびからのぞいたときに、姫君がこの座敷へはいって来るのを見た。女房が前を往(ゆ)き来するので正確には見えない。淡紫の着物を着て、髪はまだ着物の裾(すそ)には達せずに末の方がわざと広げたようになっている細い小さい姿が可憐に思われた。一昨年ごろまではまれに顔も見たのであるが、そのころよりはまたずっと美しくなったようであると中将は思った。まして妙齢になったならどれほどの美人になるであろうと思われた。さきに中将の見た麗人の二人を桜と山吹にたとえるなら、これは藤の花といってよいようである。高い木にかかって咲いた藤が風になびく美しさはこんなものであると思われた。こうした人たちを見たいだけ見て暮したい、継母であり、異母姉妹であれば、それのできないのがかえって不自然なわけであるが、事実はそうした恨めしいものになっていると思うと、まじめなこの人も魂がどこかへあこがれて行ってしまう気がした。
三条の宮へ行くと、宮は静かに仏勤めをしておいでになった。若い美しい女房はここにもいるが、身なりもとりなしも盛りの家の夫人たちに使われている人たちにくらべると見劣りがされた。顔だちのよい尼女房の墨染(すみぞめ)を着たのなどは、かえってこうした場所にふさわしい気がして感じよく思われた。内大臣も宮をご訪問に来て、灯などをともしてゆっくりと宮は話しておいでになった。
「姫君に長く会いませんね。ほんとうにどうしたことだろう」
とおいいだしになって、宮はお泣きになった。
「近いうちにおうかがわせいたします。自身からもの思いをする人になって、哀れに衰えております。女の子というものは実際もたなくてもいいものですね。何につけかにつけ親の苦労の絶えないものです」
内大臣はまだあの古い過失(あやまち)についてゆるしきっていないようにいうのを、宮は悲しくお思いになって、望んでおいでになることは口へお出しになれなかった。話のつづきに大臣は、
「ものにならない娘が一人出て来まして困っております」
と母宮に訴えた。
「どうしてでしょう。娘という名がある以上おとなしくないわけはないものですが」
「それがそういかないのです。醜態(しゅうたい)でございます。お笑い草にお目にかけたいほどです」
と大臣はいってた。