源氏物語

與謝野晶子訳



常夏(とこなつ)



露置きてくれなゐいとど深けれどおもひ悩めるなでしこの花   晶子

 炎暑の日に源氏は東の釣殿(つりどの)へ出て涼んでいた。子息の中将が侍しているほかに、親しい殿上役人も数人席にいた。桂川(かつらがわ)の鮎(あゆ)、加茂川(かもがわ)の石臥(いしぶし)などというような魚を見る前で調理させて賞味するのであったが、例のようにまた内大臣の子息たちが中将をたずねてきた。
寂(さび)しく退屈な気がして眠かったときによくおいでになった」
と源氏はいって酒をすすめた。氷の水、水飯(すいはん)などを若い人はみな大騒ぎして食べた。風はよく吹き通すのであるが、晴れた空が西日になるころには蝉(せみ)の声などからも苦しい熱がまかれる気がするほど暑気が、堪えがたくなった。
「水の上の価値がすこしもわからない暑さだ。私はこんなふうにして失礼する」
 源氏はこういってからだを横たえた。
「こんなころは音楽を聞こうという気にもならないし、さてまた退屈だし、困りますね。お勤めに出る人たちはたまらないでしょうね。帯も紐(ひも)もとかれないのだからね。私のところだけでもきちょうめんにせずに気楽なふうになって、世間話でもしたらどうですか。何か珍しいことで睡気(ねむけ)のさめるような話はありませんか。なんだかもう老人になってしまった気がして、世間のこともまったく知らずにいますよ」
などと源氏はいうが、新しい事実として話しだすような問題もなくて、みなかしこまったふうで、涼しい高欄(こうらん)に背をおしつけたまま黙っていた。
「どうして、だれが私にいったことかも覚えていないのだが、あなたの方の大臣がこのごろ、ほかでお生れになったお嬢さんを引きとって、だいじがっておいでになるということを聞きましたが、ほんとうですか」
と源氏は弁(べんの)少将に問うた。
「そんなふうに、世間でたいそうに申されるようなことでもございません。この春、大臣が夢占いをさせましたことが噂(うわさ)になりまして、それからひょっくりと自分は縁故のある者だと名のって出て来ましたのを、兄の中将が真偽の調査にあたりまして、それから引きとってきたようですが、私はこまかいことはよくぞんじません。けっきょく、珍談の材料を世間へ提供いたしましたことになったのでございます。大臣の尊厳がどれだけそれでそこなわれましたかしれません」
 少将の答えがこうであったから、ほんとうのことだったと源氏は思った。
「たくさんな雁(がん)の列から離れた一羽までも、しいてお探しになったのがすこし欲深かったのですね。私のところなどこそ、子どもがすくないのだから、そんな女の子なども見つけたいのだが、私のところでは気が進まないのか、すこしも名のって来てくれる者がない。しかし、ともかく迷惑なことだっても大臣のお嬢さんには違いないのでしょう。若いじぶんは無節制に恋愛関係をお作りになったものだからね。底のきれいでない水に映(うつ)る目は曇らないであろうわけはないのだからね」
と源氏は微笑しながらいっていた。子息の左中将も真相をくわしく聞いていることであったから、これも笑いをもらさないではいられなかった。弁少将と藤侍従(とうのじじゅう)はつらそうであった。
「ねえ朝臣(あそん)、おまえはその落ち葉でも拾ったらいいだろう。不名誉な失恋男になるよりは、同じ姉妹なのだからそれで満足をすればいいのだよ」
 子息をからかうような調子で父の源氏はいうのであった。内大臣と源氏はだいたいは仲のよい親友なのであるが、ずっと以前から性格の相違が原因になったわずかな感情の隔(へだ)たりはあったし、このごろはまた中将を侮蔑(ぶじょく)して失恋の苦しみをさせている大臣の態度にあきたらないものがあって、源氏は大臣が癪(しゃく)にさわる放言をすると間接に聞くようにいっているのである。新しい娘を迎えて失望している大臣の噂を聞いても、源氏は玉鬘(たまかずら)のことを聞いたときに、その人はきっと大騒ぎをしてだいじに扱うことであろう、自尊心の強い、対照にするものの良さ悪さで態度を鮮明にしないではいられない性質の大臣は、ちかごろ引きとった娘に失望を感じているようすは想像ができるし、また突然にこの玉鬘を見せたときの喜びぶりも思われないでもない。極度の珍重ぶりを見せることであろうなどと源氏は思っていた。夕(ゆうべ)に移るころの風が涼しくて、若い公子たちはみな、ここを立ち去りがたく思うふうである。
「気楽に涼んでいったらいいでしょう。私もとうとう青年たちからけむたがられる年になった」
 こういって源氏は、近い西の対(たい)をたずねようとしていたから、公子たちはみな、見送りをするためについて行った。日の暮れ時のほの暗い光線の中では、同じような直衣(のうし)姿のだれがだれであるかもよくわからないのであったが、源氏は玉鬘に、
「すこし外のよく見えるところまで来てごらんなさい」
といって、したがえて来た青年たちのいる方をのぞかせた。
「少将や侍従をつれて来ましたよ。ここへは走り寄りたいほどの好奇心をもつ青年たちなのだが、中将がきまじめすぎてつれて来ないのですよ。同情のないことですよ。この青年たちはあなたに対して無関心な者が一人もないでしょう。つまらない家の者でも娘でいるあいだは、若い男にとって好奇心の対象になるものだからね。私の家というものを実質以上にだれも買いかぶっているのですからね、しかも若い連中は六条院の夫人たちを恋の対象にして空想に陶酔するようなことはできないことだったのが、あなたという人ができたからみなの注意はあなたに集ることになったのです。そうした求婚者の真実の深さ浅さというようなものを、第三者になって観察するのはおもしろいことだろうと、退屈なあまりに以前からそんなことがあればいいと思っていたのが、ようやく時期がきたわけです」
などと源氏はささやいていた。この前の庭には各種類の草花をまぜて植えるようなことはせずに、美しい色をした撫子(なでしこ)ばかりを、唐(から)撫子、大和(やまと)撫子もことに優秀なのを選んで、低く作った垣(かき)に添えて植えてあるのが、夕映えに光って見えた。公子たちはその前を歩いて、じっと心がひかれるようにたたずんだりもしていた。
「りっぱな青年官吏ばかりですよ。ようすにもとりなしにも欠点はすくない。今日は見えないが右中将は年かさだけあってまた優雅さが格別ですよ。どうです、あれからのちも手紙を送ってよこしますか。軽蔑(けいべつ)するような態度はとらないようにしなければいけない」
などとも源氏はいった。すぐれたこの公子たちの中でも源(げん)中将は目立って艶(えん)な姿に見えた。
「中将をきらうことは内大臣として意を得ないことですよ。ご自分が尊貴であれば、あの子も同じ兄妹(きょうだい)から生れた尊貴な血筋というものなのだからね。しかしあまり系統がきちんとしていて、王(おおぎみ)ふうの点が気に入らないのですかね」
と源氏がいった。
「来まさば(おほきみ来ませ婿(むこ)にせん)というような人も、あすこにはあるのではございませんか」
「いや、なにも婿にとられたいのではありませんがね。若い二人が作った夢をこわしたままにして、幾年もおいておかれるのは残酷だと思うのです。まだ官位が低くて世間体がよろしくないと思われるのだったら、公然のことにはしないで、私へお嬢さんを託しておかれるという形式だっていいじゃないのですか。私は責任をもてばいいはずだと思うのだが」
 源氏は嘆息した。自分の実父とのあいだにはこうした感情の疎隔(そかく)があるのかと、玉鬘ははじめて知った。これが支障になって親に会いうる日がまだはるかなことに思わねばならないのであるかと悲しくも思い、苦しくも思った。月がないころであったから燈籠(とうろう)に灯がともされた。
「灯が近すぎて暑苦しい。これよりは篝(かがり)がよい」
といって、
「篝を一つこの庭でたくように」
と源氏は命じた。よい和琴(わごん)がそこに出ているのを見つけて、引き寄せて、鳴らしてみると律(りつ)の調子に合せてあった。よい音もする琴であったからすこし源氏は弾(ひ)いて、
「こんな方のことには趣味をもっていられないのかと、失礼な推測をしてましたよ。秋の涼しい月夜などに、虫の声に合せるほどの気もちでこれの弾かれるのははなやかでいいものです。これは、もったいらしく弾く性質の楽器ではないのですが、ふしぎな楽器で、すべての楽器の基調になる音をもっているものはこれなのですよ。簡単にやまと琴(ごと)という名をつけられながら無限の深みのあるものなのですね。ほかの楽器の扱いにくい女の人のために作られたものの気がします。おやりになるのなら、ほかのものに合せて熱心に練習なさい。むつかしいことがないようなもので、さてこれに妙技をあらわすということはむつかしいといったような楽器です。現在では内大臣が第一の名手です。ただ清掻(すがが)きをされるのにも、あらゆる楽器の音を含んだ声が立ちますよ」
と源氏はいった。玉鬘もそのことはかねてから聞いて知っていた。どうかして父の大臣の爪音(つまおと)に接したいとは以前から願っていたことで、あこがれていた心が今また大きな衝動を受けたのである。
「こちらにおりまして、音楽のお遊びがございますときなどに聞くことができますでしょうか。田舎(いなか)の人などもこれはよく習っております琴ですから、気楽に稽古(けいこ)ができますもののように私は思っていたのでございますが、ほんとうのじょうずな人の弾(ひ)くのは違っているのでございましょうね」
 玉鬘は熱心なふうに尋(たず)ねた。
「そうですよ。あずま琴などともいってね。その名まえだけでも軽蔑してつけられている琴のようですが、宮中の御遊(ぎょゆう)のときに図書の役人に楽器の搬入を命ぜられるのにも、ほかの国は知りませんがここではまず大和琴がまっさきにいわれます。つまり、あらゆる楽器の親にこれがされているわけです。弾くことは練習しだいで上達しますが、お父さんに同じ音楽的の遺伝のある娘がお習いすることは理想的ですね。私の家などへも何かの場合においでにならないことはありませんが、精いっぱいに弾かれるのを聞くことなどは困難でしょう。名人の芸というものはなかなか容易に全部を見せようとしないものですからね。しかしあなたはいつか聞けますよ」
 こういいながら源氏はすこし弾いた。はなやかな音であった。これ以上な音が父には出るのであろうかと玉鬘はふしぎな気もしながら、ますます父にあこがれた。ただ一つの和琴の音だけでも、いつの日に自分は娘のためにうちとけて弾いてくれる父親の爪音に会うことができるのであろうかと、玉鬘はみずからをあわれんだ。「貫川(ぬきかわ)の瀬々(せぜ)のやはらだ」(やはらたまくらやはらかに寝る夜はなくて親さくる妻)となつかしい声で源氏は歌っていたが「親さくる妻」はすこし笑いながら歌い終ったあとの清掻(すがが)きがひじょうにおもしろく聞かれた。
「さあ弾いてごらんなさい。芸ごとは人に恥じていては進歩しないものですよ。『想夫恋(そうふれん)』だけはきまりが悪いかもしれませんがね。とにかくだれとでも、つとめて合せるのがいいのですよ」
 源氏は玉鬘の弾くことを熱心にすすめるのであったが、九州の田舎で、京の人であることを標榜(ひょうぼう)していた王族の端(はし)くれのような人から教えられただけの稽古であったから、まちがっていてはと気はずかしく思って玉鬘は手を出そうとしないのであった。源氏が弾くのをすこし長く聞いていれば得るところがあるであろう、すこしでも多く弾いてほしいと思う玉鬘であった。いつとなく源氏の方へいざり寄っていた。
「ふしぎな風が出てきて、琴の音響(ひびき)をひきたてている気がします。どうしたのでしょう」
と首を傾けている玉鬘のようすが灯の明りに美しく見えた。源氏は笑いながら、
「熱心に聞いていてくれない人には、外から身にしむ風も吹いてくるでしょう」
といって、源氏は和琴をおしやってしまった。玉鬘は失望に似たようなものを覚えた。女房たちが近いところに来ているので、例のような冗談も源氏はいえなかった。
「撫子をじゅうぶんに見ないで、青年たちは行ってしまいましたね。どうかして大臣にもこの花壇をお見せしたいものですよ。無常の世なのだから、すべきことはすみやかにしなければいけない。昔、大臣が話のついでにあなたの話をされたのも、今のことのような気もします」
 源氏はそのときの大臣の言葉を思い出して語った。玉鬘は悲しい気もちになっていた。
 「なでしこの常(とこ)なつかしき色を見ば
    もとの垣根を人や尋ねん
 私にはあなたのお母さんのことで、疚(やま)しい点があって、それでつい報告してあげることがおくれてしまうのです」
と源氏はいった。玉鬘は泣いて、
  山がつの垣ほに生ひし撫子の
    もとの根ざしをたれか尋ねん
とはかないふうにいってしまうようすが若々しくなつかしいものに思われた。源氏の心はますますこの人へひかれるばかりであった。苦しいほどにも恋しくなった。源氏はとうていこの恋心は抑制してしまうことのできるものでないと知った。
 玉鬘の西の対への訪問があまりにつづいて人目をひきそうに思われるときは、源氏も心の鬼にとがめられて間は置くが、そんなときには何かと用事らしいことをこしらえて手紙が送られるのである。この人のことだけが毎日の心にかかっている源氏であった。なぜよけいなことをしはじめて、もの思いを自分はするのであろう。煩悶(はんもん)などはせずに感情のままに行動することにすれば、世間の非難は免(まぬか)れないであろうが、それも自分はよいとして、女のために気の毒である。どんなに深く愛しても、春の女王と同じだけにその人を思うことの不可能であることは、自分ながらも明らかに知っている。第二の妻であることによって幸福があろうとは思われない。自分だけはこの世のすぐれた存在であっても、自分の幾人もの妻の中の一人である女に名誉のあるわけはない。平凡な納言(なごん)級の人の唯一(ゆいいつ)の妻になるよりもけっして女のために幸福でないと源氏は知っているのであったから、しいて情人にするのが哀れで、兵部卿(ひょうぶきょう)の宮か右大将に結婚をゆるそうか、そうして良人(おっと)の家へ行ってしまえばこの悩ましさから自分は救われるかもしれない。消極的な考えではあるがその方法をとろうかと思うときもあった。しかもまた西の対へ行って美しい玉鬘を見たり、このごろは琴を教えてもいたので、以前よりも近々と寄ったりしては決心していたことが揺(ゆ)らいでしまうのであった。玉鬘もこうしたふうに源氏が扱いはじめたころは、恐ろしい気もし、反感ももったが、それ以上のことはなくて、やはり信頼のできそうなのに安心して、しいて源氏の愛撫(あいぶ)からのがれようとはしなかった。返辞などもなれなれしくならぬ程度にする愛嬌(あいきょう)の多さは、しらずしらずにじゅうぶんの魅力になって、前の考えなどは合理的なものでないと源氏をして思わせた。それでは今のままに自分の手もとへおいて結婚をさせることにしよう、そして自分の恋人にもしておこう、処女である点が自分に躊躇(ちゅうちょ)をさせるのであるが、結婚をしたのちもこの人に深い愛をもって臨(のぞ)めば、良人のあることなどは問題でなく恋はなり立つにちがいないと、こんなけしからぬことも源氏は思った。それを実行した暁にはいよいよ深い煩悶に源氏はおちいることであろうし、熱烈でない愛しようはできない性質でもあるから、悲劇がそこに起りそうな気のすることである。
 内大臣が娘だと名のって出た女を、ただちに自邸へ引きとった処置について、家族も家司(けいし)たちもそれを軽率(けいそつ)だといっていること、世間でも誤った仕方だといっていることもみな大臣の耳にははいっていたが、弁少将が話のついでに源氏からそんなことがあるかと聞かれたことをいいだしたときに大臣は笑っていった。
「そうだ、あすこにも今まで噂も聞いたことのない外腹の令嬢ができて、それをたいそうに扱っていられるではないか。あまりに他人のことをいわれない大臣だが、ふしぎに私の家のことだと口の悪い批評をされる。このことなどはそれを証明するものだよ」
「あちらの西の対の姫君は、あまり欠点もない人らしゅうございます。兵部卿の宮などは熱心に結婚したがっていらっしゃるのですから、平凡な令嬢でないことが想像されると世間でもいっております」
「さあそれがね、源氏の大臣の令嬢である点でだけありがたく思われるのだよ。世間の人心(ひとごころ)というものはみなそれなのだ。必ずしも優秀な姫君ではなかろう。相当な母親から生れた人であれば、以前から人が聞いているはずだよ。円満な幸福をもっていられる方だが、りっぱな夫人から生れた令嬢が一人もないのを思うと、だいたい子どもがすくないたちなんだね。劣り腹といっても明石(あかし)の女の生んだ人は、ふしぎな因縁(いんねん)で生れたということだけでもなんとなく未来の好運が想像されるがね。新しい令嬢はどうかすれば、それは実子でないかもしれない。そんな常識で考えられないようなことも、あの人はされるのだよ」
と内大臣は玉鬘をけなした。
「それにしても、だれに婿が決るのだろう。兵部卿の宮のご熱心が、けっきょく勝利を占められることになるだろう。もとから特別にお仲がいいのだし、大臣の趣味とよく一致した風流人だからね」
といったのちに、大臣は雲井の雁のことを残念に思った。そうしたふうに、だれと結婚をするかと世間に興味をもたせる娘に仕立てそこねたのがくやしいのである。これによっても中将が今一段、光彩のある官にあがらないあいだは結婚がゆるされないと大臣は思った。源氏がその問題の中へはいってきて懇請(こんせい)することがあれば、やむをえず負けた形式で同意をしようという大臣の腹であったが、中将の方ではすこしも焦慮するふうを見せずおちついているのであったからしかたがないのである。こんなことをいろいろ考えていた大臣は、突然行ってみたい気になって雲井の雁の居間をたずねた。少将も供をして行った。雲井の雁はちょうど昼寝をしていた。薄物(うすもの)の単衣(ひとえ)を着て横たわっている姿からは、暑い感じを受けなかった。可憐な小柄な姫君である。薄物に透(す)いて見える肌(はだ)の色がきれいであった。美しい手つきをして扇をもちながらその肱(ひじ)を枕にしていた。横にたまった髪はそれほど長くも、多くもないが、端の方が感じよく美しく見えた。女房たちも几帳(きちょう)の陰などにはいって昼寝をしているときであったから、大臣の来たことをまだ姫君は知らない。扇を父が鳴らす音になにげなく上を見あげた顔つきが可憐で、頬(ほ)の赤くなっているのなども親の目にはひじょうに美しいものに見られた。
「うたたねはいけないことだのに、なぜこんなふうな寝方をしてましたか。女房なども近くについていないでけしからんことだ。女というものは、しじゅう自身を守る心がなければいけない。自分自身をうちやりにしているようなふうの見えることは、品の悪いものだ。賢そうに不動の陀羅尼(だらに)を読んで印(いん)を組んでいるようなのも憎らしいがね。それは極端な例だが、普通の人でもすこしも人と接触をせずに奥に引き入ってばかりいるようなことも、気高いようでまたあまり感じのいいものではない。太政(だじょう)大臣が未来のお后(きさき)の姫君を教育していられる方針は、いろんなことに通じさせて、しかも目立つほど専門的に一つのことを深くやらせまい、そしてまたわからないことは何もないようにということであるらしい。それはもっともなことだが、人間にはそれぞれの天分があるし、特に好きなこともあるのだから、何かの特色が自然出てくることだろうと思われる。おとなになって宮廷へはいられるころはたいしたものだろうと想像される」
などと大臣は娘にいっていたが、
「あなたをこうしてあげたいといろいろ思っていたことは空想になってしまったが、私はそれでもあなたを世間から笑われる人にはしたくないと、よその人のいろいろの話を聞くごとにあなたのことを思って煩悶する。ためそうとするだけで、表面的な好意を寄せるような男に、動揺させられるようなことがあってはいけませんよ。私は一つの考えがあるのだから」
ともかわゆく思いながら、いましめもした。昔は何も深くは考えることができずに、あの騒ぎのあったときも、恥知らずに平気で父に対していたと思い出すだけでも、胸がふさがるように雲井の雁は思った。大宮のところからはしじゅう会いたいというふうにお手紙がくるのであるが、大臣が気にかけていることを思うと、ご訪問も容易にできないのである。
 大臣は北の対に住ませてある令嬢をどうすればよいか、よけいなことをして引きとったあとで、また人がそしるからといって家へ送り帰すのも軽率な気のすることであるが、娘らしくさせておいては満足しているらしく自分の心もちが誤解されることになっていやである。女御(にょご)のところへ来させることにして、ばか娘として人中におくことにさせよう、悪い容貌だというがそう見苦しい顔でもないのであるからと思って、大臣は女御に、
「あの娘をあなたのところへよこすことにしよう。悪いことは、年のいった女房などに遠慮なく矯正(きょうせい)させて使ってください。若い女房などが何をいっても、あなただけはいっしょになって笑うようなことをしないでおおきなさい。軽佻(けいちょう)に見えることだから」
と笑いながらいった。
「だれがどういいましても、そんなつまらない人ではきっとないと思います。中将の兄様などのひじょうな期待に添わなかったというだけでしょう。こちらへ来ましてからいろんなとりざたなどをされて、一つはそれでのぼせてそそうなこともするのでございましょう」
と女御は貴女らしい品のあるようすでいっていた。この人は一つ一つとり立てて美しいということのできない顔で、そして品よく澄みきった美のそなわった、美しい梅の半ば開いた花を朝の光に見るような奥ゆかしさをみせて微笑しているのを、大臣は満足して見た。だれよりもすぐれた娘であると意識したのである。
「しかしなんといっても中将の無経験がさせた失敗だ」
などとも父にいわれている新令嬢は気の毒である。大臣は女御をたずねた帰りにその人のところへも行ってみた。
 座敷の御簾(みす)をいっぱいに張り出すようにして裾(すそ)をおさえた中で、五節(ごせち)という生意気な若い女房と令嬢は双六(すごろく)を打っていた。
「しょうさい、しょうさい」
と両手をすりすり賽(さい)をまくときの呪文(じゅもん)を早口に唱(とな)えているのに悪感を覚えながらも、大臣はしたがって来た人たちの人払いの声を手で制して、なおも妻戸の細目に開いたすきから、障子(しょうじ)の向こうを大臣はのぞいていた。五節も蓮葉(はすは)らしく騒いでいた。
「ご返報しますよ。ご返報しますよ」
 賽(さい)の筒(つつ)を手でひねりながら、すぐにはまこうとしない。姫君の容貌は、ちょっと好きのする愛嬌のある顔で、髪もきれいであるが、額(ひたい)の狭いのととんきょうな声とにそこなわれている女である。美人ではないがこの娘の顔に、鏡で知っている自身の顔と共通したもののあるのを見て、大臣は運にのろわれている気がした。
「こちらで暮すようになって、あなたに何か気に入らないことがありますか。つい忙しくてたずねに来ることもじゅうぶんできないが」
と大臣がいうと、例の調子で新令嬢はいう。
「こうしていられますことに、なんの不足があるものでございますか。長いあいだお目にかかりたいとこころがけておりましたお顔を、しじゅう拝見できませんことだけは成功したものとは思われませんが」
「そうだ、私もそばで手足のかわりに使う者もあまりないのだから、あなたが来たらそんな用でもしてもらおうかと思っていたが、やはりそうはいかないものだだからね。ただの女房たちというものは、多少の身分の高下はあっても、みないっしょに用事をしていては目立たずにすんで気安いものなのだが、それでもだれの娘、だれの子ということが知られているほどの身の上の者は、親兄弟の名誉を傷つけるようなこともしぜん起ってきておもしろくないものだろうが、まして」
 いいさして話をやめた父の自尊心などに、令嬢はとんじゃくしていなかった。
「いいえ、かまいませんとも、令嬢だなどと思召さないで、女房たちの一人としてお使いくださいまし。お便器の方のお仕事だって私はさせていただきます」
「それはあまりに不似合いな役でしょう。たまたまめぐりあった親に孝行をしてくれる心があれば、そのものいいをすこし静かにして聞かせてください。それができれば私の命も延びるだろう」
 道化(どうけ)たことをいうのも好きな大臣は笑いながらいっていた。
「私の舌の性質がそうなんですね。小さいときにも母が心配しましてよく訓戒されました。妙法寺の別当の坊様が私の生れるときに産屋(うぶや)にいたのですってね。その方にあやかったのだといって母が嘆息しておりました。どうかしてなおしたいと思っております」
 むきになってこういうのを聞いても、孝心はある娘であると大臣は思った。
「産屋などへ、そんなお坊さんの来られたのが災難なんだね。そのお坊さんのもっている罪のむくいに違いないよ。唖(おし)と吃(どもり)は仏教をそしった者のむくいに数えられてあるからね」
と大臣はいっていたが、子ながらも畏敬(いけい)の心のわく女御のところへこの娘をやることははずかしい、どうしてこんな欠陥(けっかん)の多い者を家へ引きとったのであろう、人中へ出せばいよいよ悪評がそれからそれへと伝えられる結果を生むではないかと思って、大臣は計画を捨てる気にもなったのであるが、また、
「女御が家へ帰っておいでになるあいだに、あなたは時々あちらへ行って、いろんなことを見習うがいいと思う。平凡な人間も、貴女方の作法に会得(えとく)がいくと違ってくるものだからね。そんなつもりであちらへ行こうと思いますか」
ともいった。
「まあうれしい。私はどうかしてみなさんから、兄弟だと認めていただきたいと、寝てもさめても祈っているのでございますからね。そのほかのことはどうでもいいと思っていたくらいでございますからね。おゆるしさえございましたら女御さんのために、私は水をくんだり運んだりしましてもお仕えいたします」
 なお早口にしゃべりつづけるのを聞いていて大臣はますます憂鬱な気分になるのを、まぎらすためにいった。
「そんな労働などはしないでもいいがお行きなさい。あやかったお坊さんは、なるべく遠方の方へやっておいてね」
 こっけい扱いにしていっているとも令嬢は知らない。また同じ大臣といっても、きれいで、ものものしい風采(ふうさい)をそなえた、りっぱな中のりっぱな大臣で、だれも気おくれを感じるほどの父であることも令嬢は知らない。
「それではいつ女御さんのところへ参りましょう」
「そう、吉日でなければならないかね。なにいいよ、そんなたいそうなふうには考えずに、行こうと思えば今日にでも」
 いい捨てて大臣は出て行った。四位五位の官人が多くあとにしたがった。権勢の強さの思われる父君を見送っていた令嬢はいう、
「ごりっぱなお父様だこと、あんな方の種なんだのに、ずいぶん小さい家で育ったものだ私は」
 五節は横から、
「でもあまりおいばりになりすぎますわ。もっとご身分はよくなくても、ほんとうに愛してくださるようなお父様に引きとられていらっしゃればよかった」
といった。真理がありそうである。
「まああんた、ぶちこわしをいうのね。失礼だわ。私と自分とを同じようにいうようなことはよしてくださいよ。私はあなたなどとは違った者なのだから」
 腹を立てていう令嬢の顔つきに愛嬌があって、ふざけたふうな姿が可憐でないこともなかった。ただきわめて下層の家で育てられた人であったから、もののいいようを知らないのである。なんでもない言葉もゆるくおちついていえば聞き手はよいことのように聞くであろうし、巧妙でない歌を話に入れていうときも、声使(こわづか)いをよくして、始め終りをよく聞けないほどにしていえば、作の善悪を批判する余裕のないその場では、おもしろいことのようにも受けとられるのである。こわごわしく非音楽的ないいようをすれば善いことも悪く思われる、乳母(めのと)の懐(ふところ)育ちのままで、なんの教養も加えられてない新令嬢の真価は外観から誤られもするのである。そう頭が悪いのでもなかった。三十一字の始めと終りの一貫してないような歌を早く作ってみせるくらいの才もあるのである。
「女御さんのところへ行けとおいいになったのだから、私がしぶしぶにして気が進まないふうに見えては感情をお害しになるだろう。私は今夜のうちに出かけることにする。大臣がいらっしゃっても、女御さんなどから冷淡にされてはこの家で立って行きようがないじゃないか」
と令嬢はいっていた。自信のなさが気の毒である。手紙を先に書いた。
[#ここより引用文、本文より1字下げ]
葦垣(あしがき)のまぢかきほどに侍(はべ)らいながら、今まで影踏むばかりのしるしも侍らぬは、なこその関をや据(す)えさせ給(たま)いつらんとなん。知らねども武蔵野(むさしの)といえばかしこけれど、あなかしこやかしこや。
[#引用文、ここまで]
 点の多い書き方で、裏にはまた、
[#ここより引用文、本文より1字下げ]
まことや、暮れにも参りこんと思い給え立つは、厭(いと)うにはゆるにや侍(はべ)らん、いでや、いでや、怪しきはみなせ川にを。
[#引用文、ここまで]
と書かれ、端の方に歌もあった。
  草若みひたちの海のいかが崎
    いかで相見ん田子の浦波
 大川水の(みよし野の大川水のゆほびかに思ふものゆゑ浪の立つらん)
 青い色紙一重(ひとかさね)に漢字がちに書かれてあった。肩が怒って、しかもただよって見えるほど力のない字、しという字を長く気どって書いてある。一行一行が曲って倒れそうな自身の字を、満足そうに令嬢は微笑して読みかえしたあとで、さすがに細く小さく巻いて撫子の花へつけたのであった。厠係(かわやがかり)の童女はきれいな子で、奉公なれた新参者であるが、それが使いになって、女御の台盤所(だいばんどころ)へそっと行って、
「これをさしあげてください」
といって出した。下(しも)仕えの女が顔を知っていて、北の対に使われている女の子だといって、撫子を受けとった。大輔(たゆう)という女房が女御のところへもって出て、手紙をあけて見せた。女御は微笑しながら下へ置いた手紙を、中納言という女房がそばにいてすこし読んだ。
「なんでございますか、新しい書き方のお手紙のようでございますね」
となお見たそうにいうのを聞いて、女御は、
「漢字は見つけないせいかしら、前後が一貫してないように私などには思われる手紙よ」
といいながら渡した。
「返事も、そんなふうにたいそうに書かないでは低級だといって軽蔑されるだろうね。それを読んだついでにあなたから書いておやりよ」
と女御はいうのであった。露骨に笑い声は立てないが、若い女房はみな笑っていた。使いが返事を請求しているといってきた。
「風流なお言葉ばかりでできているお手紙ですから、お返事はむつかしゅうございます。仰せはこうこうと書いてさしあげるのも失礼ですし」
といって、中納言は女御の手紙のようにして書いた。
 近きしるしなきおぼつかなさは恨めしく
  ひたちなる駿河(するが)の海の須磨(すま)の浦に
    浪(なみ)立ちいでよ箱崎の松
 中納言が読むのを聞いて女御は、
「そんなこと、私がいったように人がみな思うだろうから」
といって困ったような顔をしていると、
「だいじょうぶでございますよ。聞いた人が判断いたしますよ」
と中納言はいって、そのまま包んで出した。新令嬢はそれを見て、
「うまいお歌だこと、まつとおいいになったのだから」
といって、甘いにおいの薫香(たきもの)を熱心に着物へたきこんでいた。紅(べに)を赤々とつけて、髪をきれいになでつけた姿にはにぎやかな愛嬌があった。女御との会談にどんな失態をすることか。