人名用漢字 2004年9月27日改正から生じる疑問

2004年10月12日 作成
2004年10月17日 最終修正
富田倫生


2004年9月27日、法務省は戸籍法施行規則を改正し、人名用漢字に新たに488字を加え、あわせて、これまで「当分の間…用いることができる」と条件付きで使用を認めてきた旧字体などの異体字205字を、正式な人名用漢字に格上げしました。
これによって、人名用漢字は計983字となり、名前に使用できる漢字は、常用漢字の1945字とあわせて、2928字に広がりました。
※「官報 平成16年9月27日 号外第213号」に記載された、戸籍法施行規則の改正内容をテキスト化し、以下においておきます。
http://attic.neophilia.co.jp/gate/jinmeiyo_2004_9_27.zip


人名用漢字を大幅にふやしたことに加えて、今回の改正は、「一つの字種に対しては、標準とすべき一つの字体を示す」という、これまでの字体選定の基本方針を、見直したように受け取れる点でも、特徴的です。
改正条項の表現からは、常用漢字表、人名用漢字においてこれまで保たれてきた漢字の秩序付けが、改正後も維持されているのだろうかという点に、疑問が生じます。

【2004年9月27日改正の特徴】

これまで、常用漢字表と人名用漢字においては、「一字種一字体」の原則が貫かれていました。

例えば、「角川 新字源 改訂版」の「二部」にみえる、漢音「ア」の、「旧字は、もと、古代人の住居基址の形にかたどる。」という字種に、同字典は「亞」と「亜」という二つの字体を掲げています。
「一字種一字体」を原則とし、当用漢字表以来の簡易字体採用方針を踏襲した常用漢字表は、このうちの「亜」をとっています。
同様にこれまでは、人名用漢字も「一字種一字体」を原則として、しばしば簡易字体を採用しており、「弥」と「彌」に関しては、前者を標準としてとっていました。(人名用漢字は許容字体表において、「亞」や「彌」などを「当分の間…用いることができる」ものとして認めてきましたが、どちらが標準であり、どちらが使用に条件の付いた許容字体であるかは、明白でした。)

ところが2004年9月27日の改正で、人名用漢字許容字体表は廃止され、人名用漢字に盛り込まれた19の字種では、「弥―彌」のように異体字を並置する形がとられました。
表の注記には「「―」は、相互の漢字が同一の字種であることを示したものである。」とだけあり、どちらが標準であるかを示す手がかりは与えられていません。
注記と表の表現から判断する限り、従来の「一字種一字体」原則は、破棄されたかのようにもみえます。

当用漢字表が、簡易字体の採用方針を打ち出したことによって、それまで、標準字体の「正字」に対する、「略字」「俗字」などとされてきたものの一部が、新たな標準として認められました。
これらを新字体と呼び、従来の標準の位置づけから外れた側は、旧字体と呼ばれるようになりました。
こうした新字・旧字関係は、当用漢字表とそれを継いだ常用漢字表、加えて人名用漢字が、「一字種一字体」の原則に基づく字体選定にあたり、簡易字体を標準としてとったことによって、成立したものです。

改正人名用漢字が、「一字種一字体」原則を放棄したのであれば、当用漢字表以来成り立ってきた、新字・旧字という漢字の秩序付けが、こと人名用漢字に関しては今後、成立しないことになるでしょう。
また、改正人名用漢字は、常用漢字表においてはあくまで、「過去の活字とのつながりを示す」参考として括弧付きで添えられていた旧字体を、別表第二の二に掲げました。常用漢字表には採用されなかった字体を、人名用漢字であらためて、正式に使えるものとして認めた形です。

常用漢字表にない文字の印刷用標準字体を定めるため、2000年12月8日に国語審議会の答申として示された「表外漢字字体表」は、当然のこととして常用漢字表にあるものを収録していません。加えてここには、人名用漢字にある文字種もおさめられませんでした。
両者の簡易字体採用方針には介入しないという立場を守った上で、表外漢字字体表は、正字に採用されてきた康熙字典体を、標準として優先して採用する方針をとっています。
※「表外漢字字体表」は、以下で参照できます。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/kokugo/toushin/001218c.htm


少なくとも表外漢字字体表は、常用漢字表と人名用漢字の双方を、漢字字体の秩序をつくってきたセットとして、認めています。
ところがその枠組みの中で、これまでは許容扱いだったものが、今回の人名用漢字改正によって、正式なものに格上げされました。
「新字・旧字関係は崩れたのか?」との疑問は、人名用漢字の範囲内にとどまらず、常用漢字に及ぶ可能性があります。

今回の改正方針を論議した「法制審議会人名用漢字部会」の「第7回会議 議事録」には、「人名用漢字の範囲の見直し(拡大)に関する意見案」が収録されており、そこには、字体の選定に関する以下のような記述がみられます。
※「法制審議会人名用漢字部会」の論議は、以下で参照できる「審議会情報」の「人名用漢字部会」から、たどれます。
http://www.moj.go.jp/SHINGI/index.html

第三 字体の選定
一 基本的に,「表外漢字字体表」(平成12年12月8日国語審議会答申)に掲げられた字体を選定する。
二 1字種1字体の原則は維持するが,例外的に1字種について2字体を認めることを排斥するものではない。
「一字種一字体」原則を維持するのであれば、改正条項には当然、そのことが直接、もしくは間接的に表現されてしかるべきでしょう。
例外的に「1字種について2字体を認める」場合には、どちらが標準であり、どちら許容であるのかをはっきり示してはじめて、「一字種一字体」原則は維持されたとわかります。
ところが改正された表では、二字体が単に、「亘―亙」、「尭―堯」のように並置されているだけで、「―」に関する注記からも、どちらの字体が標準であるかの手がかりは得られません。

2004年9月27日改正後の、「漢字の表」の表現は、人名用漢字において「一字種一字体」原則が維持されているのかという点に、疑問を生じさせます。
人名用漢字由来の新字・旧字関係が、改正後も維持されているのかに関しては不明確であり、常用漢字表にあるものの旧字体を正式な人名用漢字に採用したことで、「一字種一字体」原則と新字・旧字関係の維持に対する疑問の及ぶ範囲を、常用漢字にまで広げることになったと思います。

【改正から生じる疑問の詳細】

人名用漢字の改正によって生じたと思われる疑問の詳細を、字種を区分した上で、以下に示します。

1 これまで、簡易字体、康熙字典体の双方、もしくはいずれかが、人名用漢字にあったもの。

印刷用標準字体を、康熙字典体寄りに定めた表外漢字字体表は、常用漢字に加え、人名用漢字にあったものも、記載していない。
よって1に属する字種に関しては、人名用漢字の改訂によって標準―許容の関係付けが不明確になったとしても、どちらの字体を標準とするかの判断基準として、表外漢字字体表を用いることはできない。
1-1 従来、別表に簡易字体が掲げられ、許容字体表に康熙字典体の記載があり、改訂後、並置に置き換わったもの。
以下のペアの新旧関係は、維持されるのか? 解消されたのか?

亘亙
巌巖
弥彌
渚※[#「渚」の「日」の右上に点、第3水準1-86-87]
猪※[#「猪」の「日」の右上に点、第3水準1-87-79]
琢※[#「琢」の「豕」の左向きのはらいの二つ目に点、第3水準1-88-5]
祐※[#「示+右」、第3水準1-89-24]
禄祿
禎※[#「示+貞」、第3水準1-89-32]
穣穰
1-2 従来、別表に簡易字体のみ記載されており、改訂後、新規採用された康熙字典体との、並置に置き換わったもの。
以下のペアの新旧関係は、維持されるのか? 解消されたのか?

尭堯
曽曾
※この字種に関しては、表外漢字字体表が発表された後の、2004年2月23日に、従来俗字とされてきた「曽」が、単独で人名用漢字に採用された。「簡易字体が標準として採用されれば、それが新字」という考え方に沿えば、「曽」と「曾」はこの時点で、新旧関係を形成したと思われる。
ところが、この字種に関しては、2000年12月8日答申の表外漢字字体表が、例外的に人名用漢字への採用に先立って扱いを決めることになり、そこでは「康熙字典体優先」という基本姿勢に基づいて、「曾」が標準、「曽」が簡易慣用とされている。

槙槇
遥遙
1-3 従来、別表に簡易字体のみ記載されており、改訂後も、異体関係にある康熙字典体は、採用されなかったもの。
この字と、異体関係にある康熙字典体との新旧関係は維持されるのか? 解消されたのか? (異体関係にある康熙字典体を、[]におさめて添えます。)

晋 [晉]
瑶 [瑤]
聡 [聰]
艶 [艷]
亀 [龜]
1-4 従来、別表に康熙字典体のみ記載されており、改訂後、新規採用された異体字との、並置に置き換わったもの。
どちらの字体が標準なのか?

凜凛
※康熙字典の字体は凛だが、ここでは正字扱いされることの多い凜を、「いわゆる康熙字典体」として扱っておく。
晃晄
萌萠

2 これまで、正字(康熙字典体)と、正字ではないとされてきたもののどちらも、人名用漢字になかったもの。

表外漢字字体表には、2に属する字種が記載されている。よって、これらの字種に関しては、どちらの字体を標準とするかの判断基準として、表外漢字字体表を用いるというのであれば、そうすることは可能である。
2-1 従来、正字ではないとされてきたもののみが、改訂によって、採用されたもの。
採用された簡易字体が新字、従来の正字が旧字となるのか? そうした判断は、成り立たないのか? (異体関係にある康熙字典体を、[]におさめて添えます。)

兎 [兔]:表外漢字字体表では、兎。
厨 [廚]:表外漢字字体表では、厨。
厩 [廐]:表外漢字字体表では、厩。
嘩 [譁]:表外漢字字体表では、嘩。
徠 [来]:表外漢字字体表には、記載なし。(正字が常用漢字の「来」で、「徠」は古字。)
※「徠」が別個の字種として採用され、これが標準字体ということか。
楕 [橢]:表外漢字字体表では、楕。
皐 [皋]:表外漢字字体表には、この字種の記載なし。(正字が「皋」で、「皐」は別体。)
竪 [豎]:表外漢字字体表では、竪。
舵 [柁]:表外漢字字体表には、舵あり。(正字が「柁」で、「舵」は別体。)
※「舵」が別個の字種として、採用された。これが標準字体ということか。
芦 [蘆]:表外漢字字体表では、蘆が標準で、芦が簡易慣用。どう判断すればよいか?
苺 [莓]:表外漢字字体表には、この字種の記載なし。(正字が「莓」で、「苺」は本字。)
藁 [稿]:表外漢字字体表には、藁あり。(正字が常用漢字の「稿」で、「藁」は別体。)
※「藁」が別個の字種として採用され、これが標準字体ということか。
裡 [裏]:表外漢字字体表には、裡あり。(正字が常用漢字の「裏」で、「裡」が俗字。)
※「裡」が別個の字種として採用され、これが標準字体ということか。
蹟 [跡]:表外漢字字体表には、蹟あり。(正字が常用漢字の「跡」で、「蹟」が俗字。)
※「蹟」が別個の字種として採用され、これが標準字体ということか。
讃 [讚]:表外漢字字体表では、讃。
遡 [溯]:表外漢字字体表では、遡。(正字が「溯」で、「遡」が俗字。)
阪 [坂]:表外漢字字体表には、阪あり。(正字が常用漢字の「坂」で、「阪」が本字。)
※「阪」が別個の字種として採用され、これが標準字体ということか。
餅 [餠]:表外漢字字体表では、餅。
2-2 簡易字体と康熙字典体の双方が改訂によって採用され、並置されたもの。
どちらの字体が標準なのか? そうした判断は、成り立たないのか?

桧檜:表外漢字字体表では、檜。桧は、簡易慣用側にもみえない。
栖棲:表外漢字字体表では、別字扱いで「栖」「棲」を共に記載。
※改正人名用漢字表では、このペアは「―」で結ばれておらず、別字扱いとなっている。よって、この二つに関しては、どちらが標準字体かという問題は発生しないと思われる。
祢禰:表外漢字字体表では、禰。祢は、簡易慣用側にもみえない。
2-3 従来、正字とされてきた康熙字典体のみが、改訂によって、採用されたもの。
新字、旧字問題とは離れるが、右に[]におさめて添えた簡易字体は、名前には使用できないということなのだろう。

※[#「にんべん+夾」、第3水準1-14-26]:表外漢字字体表でも。 [侠]
※[#「にんべん+惧のつくり」、第3水準1-14-1]:表外漢字字体表でも。 [倶]
函:表外漢字字体表も、函。
劫:表外漢字字体表も、劫。
※[#「土へん+眞」、第3水準1-15-56]:表外漢字字体表でも。 [填]
岡:表外漢字字体表も、岡。
峨:表外漢字字体表も、峨。
※[#「手へん+國」、第3水準1-84-89]:表外漢字字体表でも。 [掴]
曳:表外漢字字体表も、曳。
※[#「火+(閻−門)」、第3水準1-87-49]:表外漢字字体表でも。 [焔]
※[#「やまいだれ+叟」、第3水準1-94-93]:表外漢字字体表でも。 [痩]
※[#「示+(濤のつくり)」、第3水準1-89-35]:表外漢字字体表でも。 [祷]
※[#「たけかんむり/單」、第3水準1-89-73]:表外漢字字体表でも。 [箪]
※[#「繋の車の下に凵」、第3水準1-94-94」]:表外漢字字体表でも。 [繋]
※[#「糸+肅」、第3水準1-90-22]:表外漢字字体表でも。 [繍]
纏:表外漢字字体表も、纏。
※[#「くさかんむり/來」、第3水準1-91-6]:表外漢字字体表でも。 [莱]
※[#「くさかんむり/將」、第3水準1-91-22]:表外漢字字体表でも。 [蒋]
※[#「虫+單」、第3水準1-91-66」]:表外漢字字体表でも。 [蝉]
※[#「虫+臘のつくり」、第3水準1-91-71]:表外漢字字体表でも。 [蝋]
※[#「將/酉」、第3水準1-92-89]:表外漢字字体表でも。 [醤]
※[#「夾+頁」、第3水準1-93-90]:表外漢字字体表でも。 [頬]
※[#「眞+頁」、第3水準1-94-3]:表外漢字字体表でも。 [顛]
※[#「區+鳥」、第3水準1-94-69]:表外漢字字体表でも。[鴎]


※記載内容に誤りや漏れがあれば、michio@neophilia.co.jpにご連絡をお願いします。(【改正から生じる疑問の詳細】にあげるべき字種は、網羅できていないと思います。)
※正字の位置づけの確認は、「角川 新字源 改訂版」によりました。
※今回の作業を通じて、JIS X 0213:2004を反映し、例示字形を規格票に完全に揃えたフォントの必要性を、痛感しました。記載内容に疑問が生じた際は、あなたが選択されているフォントの字形と、JIS X 0213:2004の例示字形とのずれによる問題の可能性も、疑ってみていただけると幸いです。